« 2005年7月24日 - 2005年7月30日 | トップページ | 2005年8月7日 - 2005年8月13日 »

2005年7月31日 - 2005年8月6日

網走、公開収録

今年の網走はどうしちまったんだ。というより、日本がおかしいのかなぁ。金曜日の昼間は、35度もあった。夜になってやっと20度台になったくらいだ。夜のあいだにアップしようと思ったのだが、インターネット接続できず、朝になりました。午前10時でも30度です

さて、きのうの午前中は、サントリーとセコムのスクラム練習を取材した。サントリーはFWだけが先乗りしてスクラム、ラインアウトの練習、BKは土曜日の午後に合流することになっている。サントリーのベテランPR長谷川選手、HO坂田選手は健在。セコムのスクラムもいい。山賀選手、目立っていた。

「セコムのスクラム、いい感じだなぁ」なんて思いながら練習を眺めていたら、近くのグラウンドでの練習を終えたコカ・コーラ・ウエストジャパンの選手たちがやってきた。僕の横に突然、向井さん(元日本代表監督)が座ったのでびっくりした。コカ・コーラは、網走で精力的に強化にあたっており、東芝やIBMなどと試合をこなしている。向井さんも手応えをつかんでいるように感じた。関東学院のキャプテンだった松本君とも久しぶりに会った。「頑張ってますか?」「ボチボチです」

ホテルに戻ると、下井さん、相田さん、桜岡さんらトップレフリーの方々がずらり。金曜日の午後は、レフリー講習会が行われていた。毎夏、網走には多くのトップレフリーが集って各チームの練習試合の笛を吹いたり、各チームの練習に参加してルールの確認を行ったりしている。ご苦労様です!

echo

そして、夜はJSPORTSの公開収録。「マイクロソフトプレゼンツ 激論!ラグビートップリーグ in 網走」(網走エコーセンター2000 大会議室にて。写真よ~く見てね)。中標津高校のラグビー部のみなさんが来てくれたこともあったけど、150名を超えるお客さんで大盛況。みなさんを「ブログに載せますので」と撮影。進行役の僕と矢野武さんの頭越しです。

kyakuseki

網走、北見、美幌で合宿を張るトップリーグのチームから、出席してくれたのは以下のメンバー。東芝府中ブレイブルーパス(薫田監督、立川副将)、ヤマハ発動機ジュビロ(佐野ヘッドコーチ、木曽主将)、NECグリーンロケッツ(高岩ヘッドコーチ、浅野主将)、サントリー・サンゴリアス(永友監督、山岡副将)
東芝の冨岡主将、サントリーの田中主将は怪我などで合宿に参加せず欠席となった。それは残念だったが、代役の立川選手、山岡選手ともにいい味出してた。ひょうきん者の立川選手は、矢野さんにいじられまくっていた。でも、最後は「3冠とります!」と優勝候補筆頭のチーム代表として力強く宣言してくれた。

話は、今季のチーム状況、注目選手から夏合宿の思い出まで多岐にわたった。夏合宿の練習の思い出は面白いね。特に、薫田、佐野、高岩という首脳陣が同年代のために和気藹々としたムードも。永友監督は、薫田監督にけっこう突っ込まれていた。佐野さんは、バティコーチが家庭の事情で帰国したために、急きょヘッドコーチに就任したばかりだったけど、堂々とした話っぷり。矢野さんから「ダンディ佐野」と呼ばれていた。「ダンディ坂野」みたい? 佐野コーチのキャラ、なかなか可愛いゾ。

gekironn

この様子は(写真は収録の合間に油断したところ)、8月19日 23:00~25:00 JSPORTS3で初回放送され、以降、数回リピートされる。詳しくはHPにて。去年のトップリーグで1位から3位のチームと、前評判の高いサントリーの首脳陣が語っているので、シーズンを楽しめる内容になっている。

終了後は、各チームが準備してくれたプレゼント抽選会。東芝がマイクロソフトカップ優勝時に着用したTシャツや、NECが日本選手権優勝時に着た「勝負」Tシャツなど、レアな品物ばかり。中標津高校はかなりゲットしていて大盛り上がりだった。良かったね。花園も出場できるように頑張ってください。 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

熱くて暑い網走より

網走湖の湖畔の旅館に入りました。暑いっす。午後2時で33度もあった。過去の取材経験の中でこんなに暑い網走は珍しい。

abashiriko

午後、網走トレーニングフィールドで行われた東芝府中ブレイブルーパスとNECグリーンロケッツの試合を取材した。マッチレポートをラグマガ10月号に書く予定になっている。練習試合とはいえ凄まじいコンタクトプレーの応酬だった。

nectoshiba

先発メンバーは以下の通り。

◎東芝府中ブレイブルーパス
1高橋、2塚越、3笠井、4大野、5犬飼、6渡辺、7望月、8ホルテン、9伊藤、10廣瀬、11オト、12マクラウド、13日原、14吉田、15立川

◎NECグリーンロケッツ
1久富、2立川、3東、4浅野、5熊谷、6大東、7セミシ、8箕内、9辻、10松尾、11石田、12安藤、13オースティン、14窪田、15大東

最終スコアは、21-0で東芝府中の勝利。ブレイクダウン(ボール争奪局面)での激しさ、ボール保持者への執拗な働きかけは東芝が上だったし、小刻みにボールを動かす点でも東芝が勝っていた気がする。一方のNECは、SO松尾、インサイドCTB安藤というキックの上手い選手を揃えたためか、キック主体の攻めになり、陣地は奪ったが攻撃はつながらなかった。東芝は、CTB日原が先制トライ。後半は、立川がカウンターアタックから40mの独走トライ。35分にはモールでもトライを奪うという完勝だった。

経験豊富な選手たちの中で光っていたのは、東芝のSO廣瀬、WTB吉田、FL望月ら若い選手たち。特に望月のしぶといプレーには感銘を受けた。素早いプレッシャーで何度もNECに出そうなボールを奪っていたし、反応の早さも印象的だった。東芝FWは層が分厚いけど、出場すれば活躍しそうだ。廣瀬も自ら仕掛けるタイプで、東芝の攻撃の起点になれるだろう。NECの安藤もトップリーグで十分やれそうだし、彼がCTBとSOの両方をこなすことで、BKラインのバリエーションも増える。オースティンも間違いなく戦力になるので、昨年とはひと味違ったラインが形成できるはず。

きょうは東芝の完勝だったが、NECもモール対策には時間をかけたようで、簡単にはモールを押し込ませなかった。現代ラグビーでモールが有効なのは昨季に立証されているが、この対策ができるチームが今季有利になるのは確かなことだろう。そんなことを、考えながら試合を見ていた。選手の表情は明るく、その顔を見ているだけで、シーズンが楽しみになってきた。東京から見に来ているファンの方も多くて、ちょっと驚いた。

050804-171333

これは、網走のグラウンドで東芝が練習後に選手が体を冷やす即席プール。かわいい。

yobito

網走トレーニングフィールドの最寄り駅「呼人」。人がいませ~ん。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

85㎏未満ラグビー

semi

自宅の門柱に蝉の抜け殻を発見。こんなところから飛び立ったのかぁ。木から行きたかったね。僕は、大音量の蝉の声が好きである。木槿も咲いてます。

mukuge1

8月4日は、高校日本代表が関西空港から豪州ブリスベンに飛び立つ。最近は、ユースチームが、大阪体育大学のセミナーハウスで直前合宿をし、関西空港から出発することが多くなってきた。大学が関西空港に至近なのと、セミナーハウスだから経費が削減できるということなのだろうけど、母校がそういうふうに利用されているのは嬉しい。とはいえ、僕が在学中は、学校は大阪の茨木市にあったので、今の施設のことはよく分かっていないんだけれど。8月4日の北クインズランド高校代表戦から、18日の豪州高校代表戦まで全4試合。いい経験を積んで欲しい。

数日前、オーストラリア協会のホームページを見ていたら、今月タイで開催される「85㎏未満ラグビー」の代表メンバーが発表されていた。そして8月3日、日本協会のプレスリリースで、タイ・ラグビー協会主催の「第1回80-80国際大会」への日本協会チーム派遣が発表された。急に85㎏未満のチームを作れと言われても難しく、今回は、流通経済大学がJAPAN15として派遣されることになった。大会は、8月6日~14日まで、タイ、日本の他にNZオークランド地区代表、豪州NSW地区代表が参加する。リリースによると、この大会は豪州協会が中心になり「体格のハンディーのあるアジア地域のラグビー発展」のために考案されたという。本来は日本が主導で考えなければいけない大会だった気がするけど、日本は体格のハンディを克服することを目標に戦ってきたから、そういう発想にはなりにくいのだろう。

京都大学ラグビー部の市口監督は、新日鐵釜石7連覇の基礎作りの理論的支柱だった人だが、市口さんは京都大学を指導するようになってから、体の小さなチームで85㎏未満ラグビーをやったらどうかと提案されていた。2002年5月に京都大学ラグビー部80周年記念シンポジウムが開かれた。僕は進行役として参加したのだが、市口さんは、ここでも85㎏未満ラグビーについて発表されていた。

市口さんの論旨は、おおよそこんな感じだった。「社会人と大学の差は体重の部分が大きい。高校や、ラグビースクールを見ていても、ぶつかる練習ばかりしている。これは190㎝、100㎏の人と同じプレーをスクールで教えていることになる。ラグビーの基本はパス。体重制を導入することで日本の風土にあった独特のラグビーが生まれるのではないか」。

このシンポジウムには、上田昭夫さんや宿澤広朗さんも参加していて論戦になった。上田さんや宿澤さんは自身が小さいながらも工夫して大きな選手と戦ってきたタイプなので、そこがラグビーの面白さであり、魅力であるという論調になる。市口さんは、体格差でなかなか勝つのが難しいチームを指導しているので、その実感から語る。

話は平行線だったし、反対意見も納得できる。でも僕は、無差別級と85㎏未満級の両方が存在するのなら、それは面白いと思っている。新しい戦い方や、異常に走り回る選手が生まれそうな気がするのだ。85㎏未満の日本代表を作ったら、けっこう走り回るFWが編成できそうだ。小さな選手の夢も膨らむかもしれない。85㎏未満同士でイングランドあたりを倒して、「君たちの優位性は体重だけだ」と言いたい気もする。逆に負けたら、体格差は言い訳にならなくなるけど、それも、コーチングの腕が試されて、面白いんじゃないかな。

85㎏未満で40歳以上というカテゴリーを作ってくれたら、僕もリミットぎりぎりいっぱいの体重で異常に走るプロップを目指してみたくなるなぁ。

| | コメント (7) | トラックバック (1)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

秋田への旅立ち

きょうは一日中、家で原稿書きをしていた。昨季の日本選手権にタマリバのSO(スタンドオフ)として出場し、母校・早稲田大学を苦しめた福田恒輝(こうき)選手に会う機会があった。彼は、まもなく、秋田ノーザンブレッツ・ラグビーフットボールクラブ入りするため、秋田に旅立つ。

福田選手は、東京生まれの東京育ち。早大学院出身で、名将・大西鐵之祐さんに直接指導を受けた最後の世代だった。早稲田大学でも活躍し、2000年春に東芝府中入り。しかしすぐに退社し、立教大、立正大で約1年半、コーチを務め、2001年にキヤノンに入社。ラグビー部で2年プレーしたが、その後、クラブチームのタマリバ入り。昨年12月にはキヤノンも退社した。いろんな場所を転々とすることは印象のよくない場合もあるだろうけど、自分のやりたいラグビー、やり甲斐のある場を追い求める姿に、とても純粋なものを感じた。実際、タマリバでのプレーぶりは素晴らしかったし、早稲田の後輩達を大いに慌てさせた。福田選手自身も「今が一番上手いと思います」と言っていた。

大学を卒業して、少し引いた目でラグビーを見るようになると、格段に上手くなる選手がいる。体力だけでは、ラグビーはできないから。僕もクラブチームに入って1、2年目が一番上手かった気がするもんなぁ。この知識が大学の時にあれば、って何度も思ったものだ。福田選手は、まだ29歳になったばかりだし、体も動く。きっと活躍するだろう。

秋田ノーザンブレッツは、秋田市役所ラグビー部が、2004年度からクラブ化されたものだ。いろんな職業・学校の人たちが、プレーヤー、サポーターとして参加・活動できる組織を目指している。HPをのぞいてみると、こんな理念が書いてあった。

《厳しい経済環境の中、社会人スポーツは、これまでのように特定の企業に依存してチームを維持していくことが困難になってきました。また、スポーツをトップレベルでやり続けることと、人生における職業の選択を合致させることも難しくなっています。このような時代にANBの設立は、まさに時宜を得たものと考えます。ラグビー王国と言われた秋田は、多くの名選手を輩出し続け、今でもたくさんの子供達が、歴史に培われたラグビー環境のもとで日々練習に励み、ラグビーを自分の夢としています。この秋田の地に、広く開かれたラグビークラブが生まれ、それぞれの人生にそれぞれの適職を求めながらトップレベルのラグビーを志すことができれば、ラグビーファンのみならず秋田県民にとっても願ってもない組織・仕組みの一つになるのではないでしょうか(抜粋)=秋田ノーザンブレッツR・F・C会長 三浦廣巳》

福田選手も、クラブから紹介のあった企業で働きながらプレーするとのこと。奥さんも一緒に行くようだ。がんばってください。

| | コメント (6) | トラックバック (4)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お答えします。パート7

きのうの「こそばい」は、やはり反響が大きかった。「ぬくい」、言いましたねえ。「いんじゃん」は僕は言いませんでした。普通に「ジャンケン」です。この日記で言葉ネタとともに反応する人が多いのが歌謡曲ネタなのだが、僕の頭の中では最近【気まぐれヴィーナス(桜田淳子)】がぐるぐる回っている。《去年のトマトは、青くてかたかったわ~》。ある人がカラオケで歌ったのを聞いて以来、ずっとグルグル状態である。調べたら、昭和52年だ。あの頃の淳子は可愛かったなぁ。ちなみに、歌謡曲好きとはいえ、古いモノだけでなく、Kinki Kidsも聞いてますよ。

いっぱい質問があったのでいくつか答えることにしたい。

Q=金閣寺、綺麗ですね。村上さんはどの季節が一番好きですか? 
A=雪の金閣寺大好きです。純白とゴールドの組み合わせがなんともかっこいいです。雪化粧の京都はどこも大好き。桜の季節も、紅葉の季節もいいけど、僕は冬が一番好きです。

Q=(トライネイションズ開幕戦で欠場した)ライアンズはケガだったんでしょうか?
A=体調不良というか、風邪みたいです。ちなみに、あの試合、怪我でいなかった豪州代表は、フラットリー(脳しんとう)、キャノン(足首)、ラスボーンあたり。ラスボーンは、まもなく復帰予定。マット・ロジャースは膝の手術をしたので8月末に間に合うかどうか。

Q=今月20日のファルコンズ来日時にジョニー君は来れるんでしょうか?
A=今回のファルコンズは、選手全員での来日になっているので、よほどのアクシデントがない限り来ます。間違いなくあのプレースキックが見られるでしょう。

Q=(JSPORTSの解説時)現地放送席からの実況でなく 画面を見ながらの実況が多いようですが、皆さんはどういう状況で、実況なり解説をしているのでしょうか?
A=海外から送られてくる映像をスタジオで見ながらしゃべってます。基本的にはみなさんが見ている画面と同じです。ただし、放送開始数分前から映像は送られてくるので、ウォーミングアップの映像やロッカールームの様子が見られることもあります。

追記◎質問ではなかったが、オープンサイドFLでは神戸製鋼の武藤選手が良かったというコメントがあったが、同感である。僕もボールハンターとして例をあげるなら、彼をあげる。ひたすら相手SOにプレッシャーをかけ続け、激しいタックルを繰り返したプレーぶりは印象的だった。神戸製鋼7連覇の功労者だと思うし、あの頃、神戸製鋼に所属していた元豪州代表WTBイアン・ウィリアムス選手が「武藤は、オーストラリアの州代表でやっていても、誰も日本人だと思わないよ」と言っていた。だけど、当時の日本代表は彼をサイズ面で評価しなかった。フィル・ウォー、ジョージ・スミス、ニール・バックより大きかったのになぁ。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

求むボールハンター

京都です。所用があって日曜日だけの滞在。しかも、京都人はあんまり行かない(ような気がする)金閣寺に行ってきた。観光客はほとんど海外からの人だった。でも、やっぱり綺麗だよなぁ。目的はこの写真撮影のためだけ。池に映る金閣寺、いかがでしょうか。ところで、このお寺、本当の名前を「鹿苑寺」(ろくおんじ)というの知ってた? 建てたのは? 子供のころ「一休さん」をアニメで見た世代は知っている。足利義満である。

goldentemple

きのうのブログに書き切れなかったので、トライネイションズ開幕戦のことをもう少し書きたい。いろんなことを感じたのだけど、改めて驚かされたことがある。放送中の解説でも言ったのだが、両チームの選手たちのボール争奪局面への寄りの速さと、仕事の正確さである。攻撃側では、タックルで倒れたボール保持者に対しての素早い寄りが目立つ。ボールを奪いにくる相手を押し込み、剥がし、ときには押しつぶしてボールを確保する。瞬時にどの方法を選択するか、その判断が正確で素早いのである。逆に防御側は、倒れたボール保持者に対してほんの少しでも相手の寄りが遅ければ確実にボールを奪取する。このギリギリの攻防に興奮させられた。

特に、FL陣(背番号6、7番)の動きは目を見張るものがあった。土曜日の試合では、オーストラリア代表の両FLは、フィル・ウォーとジョージ・スミスという小型FLだった。ともに身長は170㎝台である。それでもひたすらボールに絡む。FLの鑑のような選手だ。FLは7番がオープンサイド・フランカー、6番がブラインドサイド・フランカーと呼ぶのがスタンダードだ。

オープンサイド・フランカーは、チームの先陣を切ってボールある場所に駆けつけるのが重要な役割。攻撃を継続し、防御では常に相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪い取る。もっとも目立つポジションの一つだ。日本代表は、このポジションに長らく人材を得ていない気がする。日本で動き回れる選手は小柄なことが多く、サイズの問題で代表に入らず、日本代表FW第3列は突進力のあるNO8タイプで固められる場合が多い。これについては、ラグマガなどで何度も書いてきたが、もっとボールに絡む選手を小さくても選出すべきだと思うし、育ててもらいたいと思う。

僕はラグビーの中で一番いい選手は? と問われれば、「相手ボールを奪う選手」と答える。明確な攻撃権のないラグビーはボールを奪わなければ攻撃ができない。ここに人材を得れば、日本代表のレベルは一段アップするはずだ。NZには世界最高のオープンサイド・フランカー、リッチー・マコウがいる。そのあたりも、今後のトライネイションズで注目してもらえれば。

◎京都でのこぼれ話
実家で世間話をしている時、「こそばい」という言葉を使ったら、「それ、東京では言わないでしょ」と言われた。そうだっけ? 逆に僕は子供の頃から「くすぐったい」とは言ったことがないんやけど。

| | コメント (11) | トラックバック (1)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

トライネイションズ開幕

これからトライネイションズ第一戦について書きます。まだ試合を見ていない人は、最初の段落のみ読んで閉じてください。

大学時代からの友人である志賀くんのコメントに、体育大学時代の練習中、FWとBKが別々に練習するとき、「離婚でぇーす」と言っていたと書いてあった。僕はずっと「離コン」だと思っていた。コンビネーションを分離してやるという意味だと勝手に解釈していた。「離婚」だったのかぁ。それにしても、確かに1年生の時は、なんでもかんでも「でぇーす」と言ってた。キャプテンの話があるときは「集合でぇーす」、監督が「歩くな」と言うと「ジョッグでぇーす」、ロードのランニング中に後ろから車が来ると「車でぇーす」。

車でぇーす、って…。

さて、トライネイションズ開幕戦である。その前に「ヴィッカーマンが、ワラビーズ・ナンバー777というのは、豪州代表で777人目ということですか?」という質問があったが、そうです。ちなみに開幕戦で111キャップとなるグレーガンは、717番。111って、ついに元フランス代表の名CTBフィリップ・セラに並んだね。あとは、ジェイソン・レナード(元イングランド代表PR)の114だけだ。世界記録は間違いない。鉄人!

試合の解説は久しぶりだった。7月2日以来。こんなに間隔が空くのは珍しい。土居さん、深緑郎さんと、ラグビー談義に花が咲いた。それぞれに仕事が忙しく睡眠不足だったので、僕が、眠くならないドリンクをディレクターのオリティにお願いした。コンビニに走ったオリティが2種類のドリンクを買ってきた。土居さんと深緑郎さんは【眠眠打破】を飲んだ。僕はさらに気合いを入れて【一発起太郎】をグイッ、ゴクッ。

放送開始は21時45分~。オーストラリア(豪州)代表ワラビーズの先発メンバーが直前で変更になり、NO8ライアンズが欠場。代わりに7番のジョン・ローがNO8に入り、リザーブのはずだったフィル・ウォーがFLに。ウォーとジョージ・スミスの小型FLが巨漢揃いの南アに相対した。試合が始まると、両チームのボール争奪局面への働きかけの速さ、見切りの良さに舌を巻いた。世界のトップレベルって、ここまで反応早かったけ? 前半2分、南アFBモンゴメリーがPGを決めて先制。豪州CTBギタウがPGを返したのは22分。あまり点は入らなかったけど両チームの粘り強い防御が緊迫感を高めた。前半終了間際の豪州のトライは、SOラーカムが自在に空間を作り出し、SHグレーガンのパスを受けたFLスミスがインゴールに飛び込んだもの。いいトライだった~。

南アがトライを返したのは、後半12分。BKのラインアタックで、WTBハバナ、FBモンゴメリーが爆発的なスピードで防御を引きつけ、WTBポールセがインゴールに駆け込んだ。豪州が、ゆっくりボールを持ったりして、前に出てくる南アの裏をとったのに対して、南アはスピードの急速なアップで防御を崩した。特徴あるトライの応酬だった。これで同点。試合は最後までもつれたが、モンゴメリーのPGとSOプレトリアスのドロップゴールで南アが逃げ切った。ホームの勝利は順当だ。

しかし、ラーカムは上手い。彼はパスしたあとに必ずタックルされている。つまりタックラーを完全に引きつけて周囲を生かしている。怪我が絶えないはずだよ。でも尊敬すべき選手だと思う。立派だ。惚れ直した。


◎トライネイションズ開幕戦 7月30日 プレトリア
南アフリカ ○22(1t1g3pg2dg)-16(1t1g3pg)●オーストラリア代表

| | コメント (5) | トラックバック (4)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

« 2005年7月24日 - 2005年7月30日 | トップページ | 2005年8月7日 - 2005年8月13日 »