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2006年3月5日 - 2006年3月11日

梅の花

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金曜日は午前中に新宿で取材があった。即日で原稿を仕上げなければいけなかったので、すぐに帰宅。最寄り駅から自宅に歩く道すがら梅の花をたくさん見かけた。我が家の庭にも小さな梅が咲いていた。これから庭の花が順々に咲いていくので、追々紹介できると思います。

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さて、その取材というのは、日本選手権で優勝を分け合った東芝府中の冨岡鉄平選手、NECの浅野良太選手のキャプテン対談だった。3月25日発売のラグビーマガジンに掲載されるものだ。あの激闘を振り返ってもらったが、両チームとも多くの選手が怪我を抱えて戦っていた。冨岡選手も肋骨が折れていたそうだ。改めて魂の勝負だったのだと感じた。風雨も外から見ている以上に強かったようで、冨岡選手も「いい天気でやれば、もっとトライを取り合ういい試合ができたのでは」と話していた。詳細はラグマガでぜひ。

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取材後かなりリラックスをして写真に収まってくれたのだが、2人の話を聞いていて、キャプテンの重要性を再認識した。状況に応じてのPKからの攻撃選択もあるし、チームを鼓舞する声のかけ方、レフリーとのコミュニケーション。役割は多岐に渡る。冨岡選手はキャプテンを務めた4年間でゲーム全体を見渡してリードしていく面でものすごく成長したし、浅野選手はキャプテン1年目なのに自分のパフォーマンスを落とすことなく日本選手権優勝までチームを引っ張った。大したものである。2人とも強気なところがいいんだろうなぁ。

ずいぶん昔の話だけど、僕も高校の時キャプテンだった。3年生の全国大会予選は組み合わせ的にはベスト8に行けるはずだった。ところが試合中に前歯を折ってしまい、そのままプレーを続けたのだけど攻撃選択が弱気になった。僕が弱気にならなければ勝てたはずで、キャプテンとしてチームメイトに申し訳ないことをした。自分の怪我を気にして弱気になるようなキャプテンでは勝てない。強気の2人の話を聞きながら、ふとそんなことを思い出した。あれ? 日本一のキャプテンと比較できる問題じゃないですね。差し歯オトコの戯言とお許しください。

◎愛好情報
韓国ラグビーの見明さんから情報が送られてきたので紹介します。
【尚武が10年ぶり優勝 韓国ラグビー春季リーグ】
韓国ラグビー2006年開幕戦「春季リーグ戦」は3月9日(木)一般部(社会人)、10日(金)大学A部の最終日が行われた。一般部は尚武(サンム、韓国軍体育部隊)が韓国電力を50-14で下し2勝1引き分けで1996年以来10年ぶりに春季リーグ戦を制した。大学A部は高麗大学が檀国大学を36-18で破り3連勝、大会連覇を決めた。
<一般部 3月9日>
尚武 50(26-7)14 韓国電力
三星SDI 38(30-8)8 テシム通商
1位:尚武2勝1分け 2位:三星1勝2分け 3位:テシム1勝2敗 4位:韓国電力2敗1分け
<大学A部 3月10日>
高麗大学 36(26-6)18 檀国大学
慶煕大学24(14-9)21 延世大学
1位:高麗3勝 2位:慶煕2勝1敗 3位:延世1勝2敗 4位:檀国3敗

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やっと復旧

また休んでしまった。でも、今回は不本意である。ココログのメンテナンスは当初、9日朝10時から午後3時までになっていた。僕がこの時間を忘れていたのが悪かったのだけど、午後からメンテナンスの時間がどんどん延長され、おまけにメンテナンス終了後もログインできない大混雑。そしてまたメンテナンス。9日の昼前アップのつもりが10日の午後になってもログインできない状況だった。かなりイライラした。愛好日記初の愚痴である。しかし、この一年よくこういうことなく連日更新できたなぁ。何度もアクセスしてくれた方、申し訳ありませんでした。

9日は日本代表メディカルチェックの最終日だった。初日に大畑選手がオリンピック選手並みの数値を出していたことは書いたが、2日目に今村雄太選手がナチュラルなパワーを見せていた他、最終日では東芝の吉田朋生選手がスピード、パワーともに高い数字を出したようだ。また、フランス合宿には小野澤選手が負傷で不参加となり、ポジションは違うがトヨタ自動車の北川俊澄選手が参加することになった。

みなさんのコメントにもある通り、秩父宮ラグビー場取り壊しの件は、まだ検討段階のようだが注視していかないといけない。この話はラグビー関係者も寝耳に水だったようで、もし多目的スタジアムになり、日本ラグビーの聖地がなくなるとしたら、ラグビー人気低迷の今、大打撃。危機感をもって対応していかなければ。

少し思い出話を。僕は京都で生まれ育ったので憧れのグラウンドは、旧・西京極球技場や花園ラグビー場だった。高校に入って本格的にラグビーを始めてからは、西京極が目標。あの頃は、全国大会予選の準決勝まで勝ち進むと地元のテレビ局が放送してくれたし、西京極の芝生の上で試合することができた。ただし、当時の京都は伏見工業、花園、同志社、東山と、全国大会で上位を狙えるチームがひしめき合っていたから、僕の高校は予選ではいつもベスト8止まり。西京極ですら夢だから、花園なんて夢のまた夢だったわけだ。

大学に入ると花園が現実的な目標になった。レギュラーになれば花園の第一グラウンドで試合できる。レギュラーになれたら今度は大学選手権を勝ち抜いて国立競技場でやりたい。目標のグラウンドはどんどん大きくなった。就職して東京に出てきたとき、国立競技場を初めて見に行った。なんの試合もやっていない日、競技場だけを見に行ったのだ。ここを目指して頑張ってきたんだと思って感慨深かった。

秩父宮ラグビー場は僕にとってはめちゃくちゃ遠かった。僕らの時代、関西の大学生にとって秩父宮ラグビー場というのはプレーする機会がない場所だった。大学選手権の参加枠は8チームで、関西1、2位は花園、3位は瑞穂と決まっていて、勝てばベスト4で国立競技場だったからだ。秩父宮は、地域代表や日本代表にならなければプレーできないので、とてつもなく高いハードルだった。だからこそ神聖な感じがしていた。こんなふうに誰にだって憧れのグラウンドがある。秩父宮ラグビー場は日本では最も多くのラグビーマンが憧れたグラウンドかもしれない。

戦後、ラグビーを愛する人達が専用グラウンドを作ろうと奔走し、寄付や勤労奉仕によって東京ラグビー場(現・秩父宮ラグビー場)が完成したのは昭和22年のことだ。数々の名勝負が聖地で行われてきた。いつか日本代表のジャージーを着て、ここで世界と戦いたいと思った多くの選手がいた。ずっとラグビーを見続けている人にとっても思い出は尽きないだろう。

そんな大切な場所だから、守りたい。

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自信

きのうは書く時間がとれずに日記を休んだ。3月1日の誕生日に初めて休んで以降は無理をして連日更新はしないと宣言していたのに、夜、ものすごく気になった。小心者である。きっとこれが僕の連日更新の原動力だったんだろうなぁ。

きのうの昼間、スーパー14のハリケーンズとチーターズ戦を収録したのだが、これ、面白い。チーターズは、フラットなパスを何度も通してゲインしたし、ハリケーンズのBKもタレント揃い。WTBファアタウがスーパープレーを見せてくれる。ファアタウはサモア代表の選手なので、6月の日本代表戦にも出てくる可能性がある。彼のランニングスキルは要注意。この他にも、トンガ、サモア、フィジー、NZジュニアと、夏までに日本代表が対戦するチームには、スーパー14レベルの選手がたくさん入ってくるので、これを見ていれば日本代表の試合も楽しく見られるかな。チーターズ対ハリケーンズの試合は、3月16日、 J SPORTS 3で22:00より初回放送です。

夜は『第3回ワセダクラブ・シンポジウム』に行った。冒頭は新監督、中竹竜二さんの挨拶、そのあと前監督の清宮克幸さんが過去5年の監督生活を振り返る講演、そしてコーチ陣を交えてのトークセッションである。僕はこのシンポジウムの進行役をやったのだが、ワセダクラブ員限定の会なのにお客さんが多くて驚いた。400名以上で満員になっていた。清宮さんは、会の直前に著書のサイン会もやったのだが、早稲田の「監督」と書くのはこの日が最後ということで、ファンの方には貴重なサインになったようだ。

トークセッションでは、後藤コーチや、ゲストの藤島大さんが、今の早稲田の強さについて「自信」を取り戻したことをあげていた。その自信を植え付けたのが清宮ワセダの5年間だったということだろう。逆に、他の大学は自信を失っているということで、そこが選手個々の能力差以上に点差が開いてしまう、ひとつの要因なのかもしれない。

僕が卒業した大阪体育大学も、まだ大学日本一になっていないわけで、そういうチームが確固たる自信を持って勝利を目指すのはなかなか難しい。だからこそ、一試合一試合大切に勝利を積み重ねるしかない。その勝利にも裏付けがないといけないということなのだろう。着実に自信をつけていった早稲田の5年間を見ていて改めてそう思った。

◎愛好的読書日記
【アゴタ・クリストフ自伝 文盲】(堀茂樹訳 白水社)読みました。10数年前にアゴタ・クリストフの【悪童日記】を読んだ。祖国ハンガリーを逃れ、難民となったのち作家となる彼女の乾いた筆致が強烈に印象に残った。小説なのに主人公の心に入っていかない書き方に憧れた。実は彼女のある言葉をコピーして、もう10年近くデスクの前に貼っている。書き方に悩むと、それを読む。今回の自伝は、祖国という面でも思うところが多かった。どんな過酷なことが待っていようと「自分の国」に帰る人がいる。著者は自分の国を捨て心を引き裂かれる。うまく表現できる言葉が見つからないのだけど、「故郷」ということについて考え込んだ。

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日本代表メディカルチェック

花粉症の季節である。目がかゆくなってきた。きょうは、ちょっときつかったなぁ。昼間、東京都北区にある国立スポーツ科学センターに行ってきた。きょうから日本代表のメディカルチェックが始まったからである。このチェックは当初発表された50数名の日本代表スコッドすべてが受けることになっていて、6日、8日、9日の3日間行われる。

初日は、神戸製鋼コベルコスティーラーズ、サントリーサンゴリアス、ヤマハ発動機ジュビロ、クボタスピアーズの選手達をメインに、17名が参加。一日かけて各種の測定をしていた。大畑選手は相変わらず数値が高く、オリンピックの短距離選手並みの瞬発力を発揮していたようだ。伊藤剛臣選手がいたので、言葉をかわした。

「体調どうですか?」
「いいっすよ。ゆっくり休みましたから」
「一年中、プレーしていたら疲れるもんね。たまには休まないと」
「いや~、たまじゃないですよ。人の試合を見るのは、もう飽きた。つ~感じで(笑)」

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そして、この作り笑いであった。剛臣選手、まだまだやる気満々である。

ベテランの域に入った大畑選手は「若い選手を引っ張っていきたい」と言っていたし、木曽選手は「来年はワールドカップで、みんなスコッドに残りたいと思っている。サバイバルですよ」と気合いが入っていた。現在、世界のラグビーはワールドカップを軸にまわっているから、今年あたりから各国代表チームのレギュラー争いは俄然激しくなる。当然、この春に対戦する相手国もだ。一戦一戦、ジャパンも強くならなければ。

先日のコメントに「ガレス・エドワーズ自伝」を読みたいという方がいらっしゃいましたが、この本は絶版になっていて、版元のベースボール・マガジン社でも買うことができません。大きな図書館には置いてあると思いますが…。60年代~70年代、黄金時代のウエールズ代表SHガレス・エドワーズは、ラグビー史上最も偉大な選手と言われています。また、同時代の天才SOバリー・ジョンの自伝「真紅のジャージー」もあわせて読むことをお薦めします。どちらも絶版ですが、ラグビーの魅力が詰まった本だと思います。

【JSPORTSラグビープラネットからのお知らせ】
今週、放送中のラグビープラネットは、NECグリーンロケッツの選手達が登場しているのですが、かなり笑える内容なのでぜひご覧ください。特にフロントロー好きの人には嬉しい内容だと思います。ラグビープラネットは昨年同様、4月からシーズンまでお休みになる予定ですが、今年もラグプラ・アカデミーが開催されます。JSPORTSのHPでみなさんの投票を受付けていますのでご参加ください。また表彰式は公開収録で行います。こちらも参加希望者を募っています。応募多数の場合は抽選になります。詳しくは、JSPORTSのHPにて。

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タグラグビー大会

日曜日は、秩父宮ラグビー場でサントリーカップ第2回全国小学生タグラグビー選手権大会を見てきた。昨年の第1回大会、僕はインフルエンザで見に行くことができなかったから、今回はぜひ行きたいと思っていた。

この大会は、北海道から沖縄まで全国の地区予選を勝ち抜いた12チームで行われていた。土曜日のプール戦で順位を決め、日曜日に各順位による決勝トーナメントで優勝を争う。そして1位グループのカップトーナメントを制したのは、昨年に引き続き南関東代表の「汐入ホワイトベアーズ」だった。

final

決勝戦は、九州代表の佐世保市立清水小学校「タグの実」との対戦で、タグの実も健闘したが、汐入が、確実にタグを取るディフェンスと、スペースに走り込むスピードで圧倒した感があった。ロングパス、ショートパス、シザースなど、変幻自在のボール運びには観客からも感嘆の声があがっていたが、コーチが細かく教えたのではなく、自分たちでいろんな試合を見たり、動きの中で身につけたものだという。JSPORTSを見ている子も多いようだ。恐れ入りました。

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優勝した汐入ホワイトベアーズには、賞状、トロフィー、メダルの他、チャンピオン・バッグも贈られた。汐入ホワイトベアーズは、関東学院大学ラグビー部春口監督が理事長を務める横浜ラグビーアカデミーの釜利谷クラブに所属する子供達から選抜されたチームなのだが、基本的に汐入小学校が中心だ。別のチームは「釜利谷クラブ」として予選に参加した。汐入ホワイトベアーズは女子が多いのだが、釜利谷クラブ所属の120名の子供達も半数は女子選手なのだという。この中から数名は将来、女子の日本代表になるような気がする。キャプテン鈴木選手のスペースへ走り込むスピードとチャンスへの嗅覚には感心させられっぱなしだった。汐入の連覇を見る報道陣の中で「今年は連覇の年」という声があがっていた。東芝はトップリーグ、マイクロソフトカップ連覇、NECは日本選手権連覇、早稲田は大学選手権連覇である。なるほどね。

tagu

タグの実も、準優勝おめでとう!

kakatte

この写真は、3、4位表彰。3位決定戦の矢巾RFC(東北)対花北ラガーズ(近畿)は大接戦だった。敗れはしたが花北の胸には「かかって来んかい!」と気合いの入った文字が。いいねぇ。下は、沖縄から参加した読谷ガッパイズの写真。この選手たち、かわいかった。表彰式では、森会長から「東京は寒かったでしょう?」と問われ、みんな一斉にペコリと頭を下げていた。

yomitan

勝って笑い、負けて泣く。負けた子供たちは本当に悔しがっている。それがいい。勝負に対する純粋な感情を包み隠さず出す。子供達にとってかけがえのない経験だと思う。いいモノ見せてもらえて良かった。ありがとう。

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