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マントンでお墓参り

火曜日は、深緑郎さん、JSPORTSプロデューサーのカンちゃんたちと、マントンに行ってきた。ウィリアム・ウェッブ・エリスの墓参りである。早朝、パリからニースへ飛び、そこからバスにてマントンへ。途中、モナコ公国を走り抜けつつ、地中海の海岸沿いを約1時間15分。美しい眺めにずっと見とれていた。

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マントンは、モナコ公国の東側、イタリアとの国境にある海辺のリゾート地だ。この写真はイタリア側から撮影したもの。国境、越えてみました! 30mくらいだけど。国境沿いのお店に入ったら、いきなり「ボンジョルノ」でイタリアを実感。ビールがパリの半額以下で嬉しかった。1パイント、2ユーロ! ガイドブックによれば、マントンは1年中温暖で、1年のうち300日以上が晴れという恵まれた気候らしい。実際に、ビーチで日光浴を楽しみ、泳いでいる人がたくさんいた。パリの寒さは嘘のようである。海の青さには感動した。こちら国境地点である。

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「1823年、イングランドのパブリックスクール・ラグビー校で行われていたフットボールのルールを破り、ボールを持って走り出した」というラグビー発祥エピソードの主人公ウィリアム・ウェッブ・エリスさんのお墓が、ここマントンにある。当時ラグビー校で行われていたフットボールは、ボールをキャッチすることは許されていたが、そのまま走ってはいけなかった。当時、サッカーはまだ生まれていない。このエピソードについては深緑郎さんの「世界ラグビー基礎知識」に現時点で分かっている事実をもとに詳細に書かれているので、そちらを読んでいただきたいのだが、エリス少年を誤りのないように表現すると、「ラグビーという競技の特徴を最初に表現した人らしい、とされている」ということになるのかもしれない。

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簡単に説明すると、当時のラグビー校にウィリアム・ウェッブ・エリスという少年が在籍し、フットボールをプレーしたことは確か。しかし、そのエピソードを目撃して書いた人は誰もいない。唯一、同時期にラグビー校に学んだ歴史研究家のマシュー・ブロクサムがこのことを書いたのみ。のちにラグビー校OB会が調査に乗り出すが証言は得られず、かといって他の説も出ず、OB会は、このエピソードをラグビー発祥の起源として校庭の銘板に刻み、それが世界に広まったという。

エリスは、オックスフォード大学に進学し、卒業後、英国国教会の聖職者となり、晩年、病気療養のために渡った南仏のコートダジュール付近で1872年1月24日、65歳で亡くなった。その後、英国人ジャーナリストが、マントンの教会地下にエリスの墓を発見し、フランス・ラグビー協会の手で地中海を望むこの場所に葬り直されたという。これ、すべて深緑郎さんの本に書いてある。イングランド協会から贈られたプレートには、THE FIRST RUGBY PLAYER と記されていた。

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ラグビーを愛好する者として、W杯期間中に一度は来てみたかった。行けるように段取りしてくれたカンちゃんや、深緑郎さんに感謝したい。市場で薔薇の花束を買い、目印のサン・ミシェル教会(写真上)を目指して歩いた。マントンは、色とりどりの壁の家が建ち並び、とても可愛らしくて綺麗なところだった。W杯が行われていることもあり、写真の通り、道案内がところどころにあって、確実にエリスのお墓にたどり着くようになっていた。10年前にこの地を訪れた深緑郎さんによれば、「すごく綺麗になったなぁ」とのこと。

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新しい建物も多くなり、10年前は手探りでお墓を探したのに今は道案内つき。バス停の近くでは、フランスラグビー協会によるラグビーの普及プログラムも行われていた。しかし、マントンにはエリスにちなんだおみやげ物は見あたらない。おそらく、この町の人はエリスの墓のことをよく知らない。ほんとうに静かに眠っているのである。僕は墓の前に立って手を合わせた。そして、僕の人生を決定づけたラグビーが生まれてくれたことに心から感謝した。

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    コメント

    遅ればせながら、1000回更新おめでとうございます♪村上さんのブログのおかげでラグビーの魅力にますます惹きこまれたひとりとして、ほぼ毎日更新はただただ尊敬するばかりです。これからも楽しみにしています。

    いちばん上の写真を見て、10年前にユーレイルパスを使いタルゴに乗ってミラノからバルセロナに向かったときの車窓を思い出しました。南仏の地にエリス少年が眠っていたとは!

    投稿: あひる | 2007年10月18日 03:16

    地中海ですか! 羨ましい。地中海には、一度は行ってみたいと思っているのです。写真の青い空が鮮やかで、爽やか。そんな場所に、お墓があるなんていいなあ。

    投稿: サファイヤ | 2007年10月17日 23:14

    W杯期間中にエリスのお墓参りとは、“ラグビー人”としてはこの上ない喜びかも…。

    投稿: らぐじ~ | 2007年10月17日 19:50

    すごい遠出ですね!
    W杯帰国後、私も南仏出身の同僚からそのお墓のことを聞きました。
    いつもたくさんのお花があるから有名な人なんだろうな、と思っていたそうです。
    フランスを満喫されていてうらやましい!

    投稿: 砂糖 | 2007年10月17日 18:55

    お盆やお彼岸という風習の無い人達の性向なんでしょうか
    クライストチャーチでもロバート・ディーンズやエリック・ビューエルの墓を案内してもらおうとしたらほとんどの人が不思議な顔をしてました
    お墓参りはあんまりすることないのかな?
    おはぎやお団子喰えないのは可哀想だけど、お盆の帰省ラッシュは心配いらないから得してるな

    投稿: ナベゾ | 2007年10月17日 11:29

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