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石塚武生さん逝去

6日午後、網走にて悲しい知らせを聞いた。元日本代表の名フランカーであり、早稲田大学、リコーなどで活躍、タックルマンの異名をとった石塚武生さん(常総学院高校ラグビー部監督)が亡くなったという。にわかには信じられなかった。僕が聞いた情報では、前日まで夏合宿で元気に高校生を指導していたという。6日朝、タグラグビーの普及活動の約束の時間に現れない石塚さんを心配して関係者が部屋を見に行ったところ亡くなっていたらしい。このあたりは伝聞なので、詳細は後に明らかになると思う。

石塚さんは約束の時間は絶対に守る人だった。僕は石塚さんの著書「炎のタックルマン」を編集させていただいた。そのときも、約束の場所にはいつも1時間くらいまえから石塚さんの姿があった。出版記念のサイン会の時には、親族が経営されているパン屋さんから、パンを持ってきてくれてお客さんに配ってくれた。僕の個人的な思い出だが、高校1年生のとき、日本代表戦のボール拾いをして、一緒に写真を撮ってもらったことがある。1975年黄金時代のウエールズが来日した際、当時の世界屈指のウイング、JJウィリアムスをタックルで倒したシーンは伝説となっている。思い出は尽きない。

ラグビー協会の職員をした時期もあり、タグラグビーの全国普及に尽力されていた。常にトレーニングを欠かさず、いつでも試合に出られそうな身体をしていた。僕の知っている石塚さんは、どんなときも笑顔でエネルギーに満ちあふれていた。だから今も信じられない。信じたくもない。でも、どうやら事実のようだ。本人もびっくりしているのではないか。網走でも、向井さんや、清宮さんが「信じられない」と話していた。死因などは現在のところ明らかではない。享年57。

※その後、死因は突然死症候群との発表があった。

ご冥福をお祈りしたい。

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    コメント

    毎朝必ず石塚先生は
    交通整備をなさっていましたね。
    雨の日でも絶対に傘を差さないで、暑くても寒くても
    大きな声で、まさに太陽のような笑顔を見せてくれる先生が
    本当に大好きでした。
    体育でラグビーをやる、という時は
    みんな「石塚先生来てくれるかな?」
    と、とても楽しみにしていたんですよ。
    授業中、一番元気だったのが先生でした☆
    もう少しで学校が始まりますが、
    先生の姿、声、笑顔が見れないなんて
    信じられません。
    「まさか、あの石塚先生が…?」
    と未だに思っています。

    57年間、
    私には想像も出来ない位
    辛いこと、苦しかったこと沢山あったと思います。
    これからはゆっくりお休みになって下さいね。
    天国でも皆に愛される先生、かつ!
    …永遠に私達の先生ですよ#

    本当にお疲れ様でした。
    ご冥福をお祈り申し上げます。

    短い間ありがとうございました!!!
    ≫中学2年より

    投稿: ゆい | 2009年8月16日 00:51

    こんなに有名で素晴らしい方だとは正直知りませんでした。
    まだ一年ちょっとの一方的な顔見知りだったので….でも先生は凄いですね!後部座席にいる息子に気付き毎日手を振ってくれたり冗談まじえて探すそぶりをみせたりと…お茶目で毎日会えるのを楽しみにしていましたよcoldsweats01ついこの間は初めて息子に可愛いラグビーのストラップをくれましたね!オモチャの携帯につけっぱなしですheart01一生の宝物です!!
    先生!娘.息子を有難うございました。とても信じられなく残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

    投稿: ゆあ | 2009年8月 9日 02:46

    石塚武生さん、そのプレーそのもののように、一本義なところで日本協会のなかで古い人たちと衝突があったと聞く。
    一度だけ電話でお話したことがある。好漢の印象だった。
    心から、心からご冥福をお祈り申し上げます。

    投稿: エリス少年 | 2009年8月 7日 22:34

    信じられない、信じたくないことでした。

    サイズからは考えられない激しいタックルで当時のジャパン最多キャッパーに。
    そして熱い指導に取り組まれた日々。本当に熱いラグビーハートを持った方でした。

    ご冥福をお祈りします。

    TBさせていただきました。

    投稿: ひなP | 2009年8月 7日 13:48

    炎のタックルマンの本にサインしてもらったのがついこの前の事のように思い出されます。
    私が高校の時カナダが来日。花園でのテストを見たのですが、その時石塚さんが足元にバチバチタックルに入ってカナダの大男をそれこそ仰向けにぶち倒してたのを見て俺もこんなタックルできるように頑張ろうと思い、それからの練習の励みになりました。
     ウエールズ遠征ではキャプテンから、そしてレギュラーからも外れ普通なら腐って投げやりになるものなのに一生懸命チームを盛り上げたそうです・・ジャパンから外れた後の人生は決まったレールを進むのではなく、自分の夢を追う生き方そされました・・こういう人生もあるんだよと見せてくれました。
     ファンでした、残念でなりません

    投稿: kerikeri | 2009年8月 7日 09:37

    10年後のW杯日本開催が決まったばかりというタイミングでこんなことが起こるとは...

    宿沢さんといい、W杯日本大会のプロセスに関わっていただきたかった方を失ってしまいました...

    投稿: マスター | 2009年8月 7日 08:02

    上田さんがひとり言の冒頭に、正に独り言を呟くように
    「石塚武生が死んだ・・・・
      何があったんだ!?
      武生!!
      何故、死んだんだ!?」
    と書いてあったけど、本題では何も触れていなかったので、随分酷い冗談を書くもんだと人格を疑っていました
    頻繁に登場しては、その大食漢振りを披露していたのに....

    投稿: ナベゾ | 2009年8月 7日 05:35

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    » 訃報(石塚武生さん) [ラグビーフィーバー!!from上海]
    元日本代表の名フランカーで、炎のタックルマンこと石塚武生さんが お亡くなりになられました。享年57歳。まだ若い。 石塚さんをお見かけしたのはもう15〜6年前の通学途中の東西線の中。 じっと座席に座っている姿を見て「あ、伊勢丹の監督さんだ」とチラ見 し続けていた記憶があります。 現役時代を知らない私にとって実は大学の大先輩であり、且つ歴代ジャパンでも 有数のフランカーであったことを後に知りました。 早稲田の監督時代は選手より気合が入って、試合中に思わず涙ぐむ映像も ありました。ジャパンのチームメ... [続きを読む]

    受信: 2009年8月 7日 13:13

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