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追悼・佐野克郎さん

7月3日の朝、ラグビー取材者の大先輩である佐野克郎(さの・かつお)さん(享年80)の葬儀に向かった。佐野さんは、青山学院大学ラグビー部OBで、日刊スポーツで長らく記者として活躍され、ベースボール・マガジン社の顧問などを経て、フリーのジャーナリストとして健筆をふるった。ラグビーの取材歴は長く、1973年、日本代表が初めてウェールズ代表と戦った遠征をはじめ、ワールドカップや日本代表の海外遠征に何度も同行取材されていた。ラグビーマガジンでは、「ハーフタイム」という辛口コラムが好評を博し、ラグビー協会に対して建設的な批判を展開した。おかしいことは、おかしいと言い、反論があると議論する。そして、仕事が終われば、大いに飲んで、いつも豪快に笑っていた。

昨年12月に自宅で転倒して入院。何度も危機をくぐりぬけたが、6月29日、天に召された。葬儀の最後に挨拶した長男の元さんは、「酒とラグビーと仲間を愛した人でした」と、お父さんの人生を振り返った。僕はラグビーマガジンの編集部にいた頃、佐野さんには本当にお世話になった。横浜市の斎場に向かう道すがら、佐野さんとの思い出がいくつも蘇ってきた。僕がラグマガの編集部に入って、最初に「原稿取り」に行ったのは、佐野さんのところだ。当時は、メールはないし、ファックスすら普及していなかったから、執筆者が原稿用紙に書いた生原稿を手渡しでいただくのが普通だった。そこでコーヒーを飲みながら、いろんなことを教えてもらう。それが新入社員の勉強だったのだ。

佐野さんが行きつけの新橋のお店にもよく連れて行ってもらった。「飲みんしゃい、飲みんしゃい、酒は売るほどあるんだからね」。そこで、各社のベテラン記者の皆さんの話を聞けたのは、佐野さんが僕に与えてくれた財産だ。入社2年目の秋、アジア大会決勝戦で日本代表が韓国代表に負けたことがある。香港からそのレポートを送り、帰国すると、ベースボール・マガジン社の顧問になっていた佐野さんに「酒飲みに行こう」と誘われた。佐野さんは、まだ本になる前の「刷りだし」という誌面を持って、僕の原稿をラグビー経験者の店主に読ませ、嬉しそうに笑っていた。褒め言葉はなかったが、認めてもらえたようで、とても嬉しくて自信になった。

晩年も佐野さんはできるかぎり現場に足を運んだ。外苑前の駅から秩父宮ラグビー場まで、ゆっくり、ゆっくり、休みながら歩いている佐野さんと何度か一緒になった。「年は取りたくないねぇ」。そう言いながら前を向いてラグビー場に向かうのだ。次男の順さんは、同志社大学ラグビー部のWTBとして活躍し、クボタスピアーズの監督も務めた。葬儀で少しお話しできた。「ウェールズに勝ったよって言ったら、笑っていました」。そうか、佐野さん、ジャパンが勝つところが見たくて頑張っていたんだ。ベッドの上で知ることになったけど、ウェールズ戦勝利はさぞ嬉しかっただろう。1973年の日本対ウェールズ戦を生で見た人にとって、ウェールズ戦勝利は格別なものなのだから。カナダ、アメリカにも勝って、3連勝。そして、佐野さんは、早逝した奥様と末っ子の了くんのいる天国へ旅立った。今頃は、きっと豪快に笑いながら、先に逝った仲間たちと祝杯をあげていることだろう。

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    コメント

    大学時代、三男坊と同じクラブでした。
    そうですか、彼も鬼籍に入っていましたか。
    オヤジさんや兄貴の話題は嫌だなと言う雰囲気で生意気そうな、それでいてあどけない18歳の彼の笑顔を思い出しました。
    ご冥福を祈ります。

    投稿: ライオンズ | 2013年7月10日 10:28

    お名前に見覚えがあると思いました。学生時代、ラグマガのフロントロー物語やフルバック物語は毎月楽しみにしてました(アシュラ原さんとか)。日本ラグビーの歴史を学ばせてもらいました。名選手に対する暖かい記事にお人柄が偲ばれます。佐野さんや村上さん、ラグビージャーナリストの方々には一ファンとして感謝しています。

    投稿: 岡山スポーツファン | 2013年7月 4日 14:48

    ご冥福をお祈りいたします。

    投稿: みなみ | 2013年7月 4日 10:01

    若輩で、残念ながら詳しくは存じ上げませんが(クボタの佐野順元監督はわかります)、ウェールズ戦の勝利を見届けたかった、というエピソードに涙が出ました。
    ラグビーを好きな人って、熱くて温かい人が多いですよね。
    やっぱりそういう人たちも含めて、ラグビーが好きだな、と改めて思いました。
    で、もっとたくさんの人に知ってもらって観てもらって楽しんで欲しいと、やっぱり思います。
    草の根普及活動(私の場合観る専門なので、より多くの人たちを生観戦に連れていくことですが)、頑張ります!

    なんだか最後は内容が本文とずれてしまい、失礼しました。

    投稿: がんも | 2013年7月 4日 04:24

    約25年前のNumberの大学ラグビー部の夏合宿特集(だったと思います)に記載されていた佐野さんの青学大時代のエピソードを覚えています。ランパス練習になると『いかん もれそうだ』と叫んで急にトイレに駆け込んだとのこと。後年の酒の席で(当時二男の順さんは同大ラグビー部のトライゲッターでした) 周囲が順さんの活躍を見て『走るのがあんなに嫌いだったやつから瞬足ウイングが生まれるわけがない。佐野、本当にお前の子供か?』と冗談が飛び交ったという記事を読んだ記憶があります。
    ラグビーを愛した佐野さんに敬意を表し心から冥福をお祈りいたします。

    投稿: えぞもも3号 | 2013年7月 4日 00:30

    佐野さん、いつもラグマガ等の記事を読ましてもらってました。
    ラグビーに嵌まり始めた頃の、ラグマガのポジション列伝とか大好きでした。
    あのFB佐野順は、ご子息でしたか。
    ご冥福をお祈りします。

    投稿: あんだーうっど | 2013年7月 3日 19:47

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